「あなた」と「わたし」の混合ーーアルゴリズムとアーキテクチャ
アーキテクチャ、ご存知のかたも多いかもしれません。といってもここで私がいうアーキテクチャとは、選択アーキテクチャのことです。
選択アーキテクチャとは、「選択者の自由意思にまったく(あるいはほとんど)影響を与えることなく、それでいて合理的な判断へと導くための制御あるいは提案の枠組み」のことです。(参照ページは勘弁してください。実物が大人気で手に入りませんでした)
この概念を作り出したのは『実践行動経済学』の著者、リチャード・セイラーとキャス・サンスティーン。ナッジ(※1)を開発してノーベル賞を取った人です。
企業が実利を追求する中で、どのようにものを提示するかを選ぶことはずっと至上の命題でした。しかもそれが実際に売上を左右するならなおさら!
だからマクドナルドの硬い椅子は、それだけで画期的なものなのです(椅子が硬いと居心地が悪いので長居しない=回転率が上がる)。たぶん。
さて、売上を上げる仕組みとして近年実装され続け、効果を上げ続けているものがあります。レコメンドエンジンです。
ここであれこれ言いたいのはレコメンドエンジンが自由意志にいかに影響を与えているかではなく(※2)、もっと明らかになっている側面…つまり、「あなた」と「わたし」の欲求の混合についてです。
「アルゴリズム」という言葉は、素人が使うとき非常に便利に、あらゆる意思決定を代行するかのように使われています(Mittelstadt, Allo, Tadeo, Wacher& Floridi 2016: 3)。誰の意思決定なのか?
購買アルゴリズム、レコメンドエンジンのときは企業の意思決定ですね。企業が消費者に何を見せるかを決定している。消費者が何を利用するか、何を買うか、ここは自由意志によって(※3)決められています。
ここで、レコメンドエンジンは一つのアーキテクチャと化しています。特定の選択肢に誘導する。この誘導は企業にとっても消費者にとっても合理的かつ有益である。企業にとっては利益を上げられるし、消費者も欲求を満たせる。ウィンウィンですね!
そこでその商品を買った(※4)としましょう。興味ドンピシャであなたはほくほくと商品到着を待ちます。
ところで、それ本当にあなたが選んだんですか? ええ、もちろん選んだのはあなただけじゃありません。アルゴリズムも選びました。じゃあアルゴリズムはなぜあなたのことを知っているのでしょう?
大きく分けて手段は2つ。①過去の振る舞いから予測する、②似た人と突き合わせる。
①は簡単。あなたが何を買ったかに準じます。「これを買った人はこの商品も買っています」がその例です。
②も論理的には簡単です。あなたと好みが似た人が買ったものならあなたも好むだろう。「好みが似ている」はどのように決めるのか?
1つ考えられるのは、買ったものが似ているケース。①と少し似ています。
もう1つは、あなたの属性から割り出すケースです。あなたは「男性」で「20代」で「会社員」です。他の「男性」、他の「20代」、他の「会社員」が買っているものはなんでしょう?
もちろん最初は正答率が低いかもしれません。でも1つでも商品を買ってもらえればそれはヒントになります。買わなくったって、どのような商品を見たか、何秒見たか、カートには入れたか……指標はたくさんあります。こうしてアルゴリズムはあなたを知る(Lippold 2017=2018も参照)。
要するに2つともものをレコメンドするには変わりないのですが、参照先が変わるのです。①は「モノ」、②は「ヒト」になります。あなたはこれらのデータの集合体になるのです。あなたは、使っているサイトごとに「あなた」になります。
Amazonには「Amazonのあなた」、Googleには「Googleのあなた」、Netflixには「Netflixのあなた」が住んでいるのです。
じゃ質問変えますね?
あなたは誰でしょうか?
引用文献
Lippold, John C., 2017, We Are Data: Algorithms and The Making of Our Digital Selves, New York: NYU Press.(=高取芳彦訳,2018,『WE ARE DATA――アルゴリズムが「私」を決める』日経BP社.)
Mittelstadt,Brent D., Patrick Allo, Mariaroaria Tadeo, Sandra Wacher, Luciano Floridi, 2016, "The Ethics of Algorithm: Mapping the Debate", Big Data& Society. https://doi.org/10.1177/2053951716679679
※1:ナッジとは、nudge=肘で軽くつつくことを意味し、適切で合理的な手段に人々を導くこと。人の無意識を利用することに特色がある。類似に「仕掛学」など(→松村真宏教授に聴く、人を動かす「仕掛学」 | 慶應MCC 夕学リフレクション)。
※2:レコメンドエンジンが選択者の自由意志に全く影響を与えないかどうかはさておいてほしいです(ご意見や本・論文情報お待ちしています)。私も知りたいです。
※3:本当に自由意志なのかって? ……さあ?
※4:本当はものでなくてもよいのです。フォローする人をレコメンドする、とかでも。